DNA損傷
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まず、活性酸素によるDNA損傷について説明します。
続いて電磁波が実際にDNA損傷を引き起こしたことを示す研究を紹介します。
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DNAとは何か?
DNAの構造
DNAの一本の鎖は、骨格となるリン酸と糖、および遺伝情報を保持する塩基で構成されています。この鎖が二本向い合せになり、DNAの二重鎖を形成しています。
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塩基にはグアニン、チミン、シトシン、アデニンの4種類存在します。グアニンはシトシンと、チミンはアデニンとペアになります。
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この性質により、DNAの片方の鎖の内容は、もう片方の鎖の内容から予測できます。
したがって、二つのDNAの鎖は実質上、同じ遺伝情報を保持しているといえます。
DNAの塩基が表す内容
DNAの3つの塩基の並びで、1つのアミノ酸を表しています。
たとえば、シトシン・アデニン・アデニンの並び (CAA) はグルタミン酸を表し、グアニン・アデニン・アデニンの並び (GAA) はグルタミンを表します。
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(GENOMENONより引用・加筆)
たとえばDNAの塩基の並びがGAA、TGT、GGTである場合、それぞれアミノ酸のグルタミン酸、システイン、グリシンが生成されます。
これらのアミノ酸が連結すると、抗酸化物質として機能するタンパク質 (ペプチド) であるグルタチオンを形成します。
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したがってDNAはタンパク質の設計図であると考えることができます。(※)
ただしDNAのうちタンパク質を符号化する領域は人においては1.5%にすぎません。他には機能的RNA分子を符号化する領域、プロモーターといったDNAの制御領域などが知られていますが、大部分はいまだ未解明のままです。
これらのタンパク質が、筋肉や骨・皮膚の材料となり、また代謝活動や情報伝達を行う酵素となり、また酸素や脂質を運ぶ輸送体となり、また免疫応答に重要な抗体などになります。
タンパク質はこのように生体における様々な重要な機能を担っています。
DNAの損傷と健康影響
DNA損傷により突然変異が発生すると、生成されるタンパク質が変性し、その性質が変化してしまいます。
あるいは正常な量のタンパク質が生成されなくなってしまいます。つまり生成量が異常に多いか、少なくなってしまいます。
すると細胞が機能不全に陥り、これが結果的に人の健康に影響を与えます。
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なお、後述しますがDNAの損傷はこの他にも、複製ストレスや細胞周期停止といった、細胞活動の進行を妨げる反応も引き起こし、これによっても細胞に機能不全をもたらします。
DNA損傷の種類
活性酸素によるDNA損傷には主に以下の4種類があり、すべて活性酸素の中で最も有害なヒドロキシルラジカルによってもたらされます。
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塩基酸化
塩基にヒドロキシルラジカルが取りつき、酸化してしまったものです。主にグアニンが標的となります。
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塩基喪失 (脱塩基)
塩基の根本にヒドロキシルラジカルが取りつき、塩基が離脱して失われたものです。
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一重鎖切断
DNAの骨格にヒドロキシルラジカルが取りつき、鎖が一本切断されてしまったのです。
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二重鎖切断
一重鎖切断が同箇所に起きたものです。発生頻度は非常に稀です。
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細胞周期
1つの細胞が2つの細胞に分裂するまでに要する一連の過程のことを、細胞周期といいます。人の細胞周期は約24時間です。
細胞周期は以下の4期から構成されます。
- 細胞が成長する期間であるG1期
- DNAが合成 (複製) される期間であるS期
- 再び細胞が成長する期間であるG2期
- 細胞が分裂する期間であるM期
また細胞が分裂せずに休んでいる期間のことは、G0期と呼びます。
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DNA合成期に突然変異が起きる
DNAの損傷は日常的に発生しており、1細胞当たり、1日に塩基酸化で11,500回、塩基喪失 (脱塩基) で9000回、一重鎖切断で10,000回程度発生しています。(Helbock et al. 1998, Nakamura et al. 1998, Hossain et al. 2018)
しかしこれらのDNAの損傷は常に修復を受けており、元通りになります。
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しかし、修復が間に合わず、これらの損傷がDNA合成期までもちこまれると、突然変異が発生します。
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二重鎖切断については発生回数は細胞あたり1日に50回 (Vilenchik and Knudson 2003) と他の損傷に比べて非常に少ないです。
しかし二重鎖切断は、発生した時点で染色体異常という大規模な突然変異を引き起こす、細胞にとって致命的な損傷です。
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DNA損傷から突然変異がどのように発生するのかは、次のページで説明します。
電磁波によるDNA損傷
ここで、電磁波被曝でDNA損傷が起きたことを示す研究を紹介します。
研究紹介
Gürler et al. 2014
青年に相当する生後5-6ヵ月のラットが、パルス変調した強さ3.6 μW/cm2で2.45 GHzの高周波電磁波を1日1時間、30日間被曝しました。
すると脳内と血液中において活性酸素が増加し、DNA酸化が増加しました。
また抗酸化作用のあるニンニクの投与は、上述の被害を抑制しました。
活性酸素の増加
脂質過酸化の指標であるTBARSが、電磁波被曝で2割増加しました。抗酸化作用のあるニンニクはそれをある程度抑えました。
DNA酸化の増加
Zhang et al. 2016
中国吉林大学第一病院で募った研究参加者について、高圧線の電磁波の職業被曝を受けていると、尿中において活性酸素が増加し、DNA酸化が増加しました。
また抗酸化作用のある緑茶ポリフェノールサプリの服用は、上述の被害を抑制しました。
活性酸素の増加
脂質過酸化の指標であるイソプラスタンが、高圧線の電磁波被曝で5割増加しました。抗酸化作用のある緑茶ポリフェノールサプリはそれを抑えました。
DNA酸化の増加
DNA酸化の指標である8OHdGが、高圧線の電磁波被曝で4割増加しました。抗酸化作用のある緑茶ポリフェノールサプリはそれを抑えました。
Lai and Singh 2004
青年に相当する生後8-12週のラットが、強さ500μTで60Hzの低周波電磁波を2時間被曝しました。
すると脳内のDNAの一重鎖切断と二重鎖切断が増加しました。
また、抗酸化作用のあるビタミンE、鉄キレート剤 (※) の投与は、上述の被害を抑制しました。
鉄イオンを封鎖することで、過酸化水素がヒドロキシルラジカルへと変化する反応を抑えます。
DNAの切断は細胞を電気泳動にかけて検出します。電気泳動においては、DNA切断が多くなるほど、DNA移動距離が増加します。
DNA切断の増加
また、青年に相当する生後8-12週のラットが、強さ10μTで60Hzの低周波電磁波を24-48時間被曝しました。
すると被曝時間が長くなるほど、脳内におけるDNAの一重鎖切断と二重鎖切断が増加しました。
DNA切断の増加
Rageh et al. 2012
乳児に相当する生後1週のラットに、50Hz、500μTの低周波電磁波を1日24時間、30日間被曝させました。
すると脳内におけるDNAの切断が増加しました。
DNA切断の増加
様々な度合いのDNA切断が、低周波電磁波の被曝で増加しました。
Ding et al. 2018
中国の陝西省の遺伝クリニックに通院している男性について、スマホ・携帯基地局・Wi-Fiからの1日あたりの電磁波の被曝時間が増加するほど、精液中の活性酸素とDNA酸化・切断が増加し、精子が減少し、精子の運動性が低下しました。
活性酸素の増加
総抗酸化能、抗酸化活性の減少は活性酸素の増加を意味します。
DNA酸化の増加
DNA酸化の指標である精液中の8OHdGが、スマホ・携帯基地局・Wi-Fiの電磁波の1日2時間超の被曝で、5割増加しました。
DNAの切断はコメットアッセイで検出します。コメットアッセイにおいては、DNA切断が多くなるほど、Tail DNAは多くなり、Head DNAは少なくなり、Olive Tail Momentは大きくなります。
DNA切断の増加
精子減少
精子の数が、スマホ・携帯基地局・Wi-Fiの電磁波の1日2時間超の被曝で、7割減少しました。
精子の運動性の低下
Kumar et al. 2014
局所SAR 1.34 W/kgの携帯電話を設置して1日2時間会話中にし、青年に相当する生後10週のオスラットが近接してその電磁波を60日間被曝しました。
すると精子の活性酸素とDNA切断が増加し、精子の数が減少しました。
活性酸素の増加
精子の脂質過酸化の指標であるTBARSが、携帯電話の電磁波被曝で6割増加しました。
脂質過酸化の増加は活性酸素の増加を意味します。
DNAの切断はコメットアッセイで検出します。コメットアッセイにおいては、DNA切断が多くなるほど、Tail Migrationは増加し、Tail Lenghは長くなり、%DNA in Tailは多くなり、Olive Tail Momentは大きくなります。
DNA切断の増加 1
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携帯電話の電磁波被曝で、コメットアッセイにおいてDNA切断の指標であるTail Migrationが増加しました。
DNA切断の増加 2
精子減少
精子の数が、携帯電話の電磁波被曝で2割減少しました。
研究の紹介は以上です。
実際に電磁波は酸化塩基、一重鎖切断、二重鎖切断といったDNAの損傷を引き起こすことを確認しました。
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