細胞増殖
次に、活性酸素による細胞増殖の経路について説明します。
また電磁波によって細胞増殖が実際におきることを示した実験を紹介します。
細胞増殖の一般的な経路
一般に休止中の細胞は、成長因子と呼ばれるタンパク質を受け取ると、細胞周期に突入し、細胞増殖のための一連の過程を開始します。
以下は成長因子を受け取ってから、細胞周期に突入するまでの細胞内の情報伝達の経路です。
- 細胞の細胞膜にある受容体が成長因子と結合し、活性化する。
- 活性化した受容体は続いて、増殖を促進する経路 (Ras-Raf-ERK) を活性化する。
- また生存を促進する経路 (PI3K-Akt) も活性化する。
- これらの経路の下流のタンパク質がDNAに働きかけ、サイクリンDなど細胞増殖に必要なタンパク質の生成を促す。
- サイクリンDが一定量まで増加すると休止期 (G0期) にあった細胞は細胞周期 (G1期) に突入し、細胞増殖を開始する。
- 活性酸素は細胞増殖に関わるタンパク質のいくつか (上図のオレンジ色) に影響を与え、細胞増殖へと誘導する。
つまり活性酸素を増加させると、成長因子がなくとも、細胞増殖を促進できるということです。
活性酸素による細胞増殖
活性酸素は特にがん原遺伝子のタンパク質の活性化、がん抑制遺伝子のタンパク質の非活性化によって、細胞増殖と生存の経路へと干渉します。
がん原遺伝子Srcの活性化
がん原遺伝子Srcのタンパク質は、活性酸素により酸化され活性化します。この酸化経路は、Srcの腫瘍形成能に必要であると考えられています。(Giannoni et al. 2005)
酸化ストレスによる、増殖を促進するRas-Raf-ERKの経路の活性化は、Srcの酸化が引き金を引いています。(Aikawa et al. 1997)
つまり活性酸素を増加させると、がん原遺伝子Srcのタンパク質が活性化し、細胞増殖を促進する経路が活性化します。
なお突然変異の所でも言及しましたが、Srcが活性化させるRasも、がん原遺伝子としてよく知られています。
がん抑制遺伝子PTENの非活性化
がん抑制遺伝子PTENのタンパク質は、生存を促進するPI3K-Aktの経路を阻害します。PTENのがん抑制能はこの調節によるものと考えられています。(Stambolic et al. 1998)
PTENは活性酸素により酸化され非活性化し、続いてPI3K-Aktの経路が活性化します。(Wu et al. 2013)
つまり活性酸素を増加させると、がん抑制遺伝子PTENのタンパク質が非活性化し、細胞生存を促進する経路が活性化します。
がん抑制遺伝子PP2Aの非活性化
がん抑制遺伝子PP2Aのタンパク質は、主としてERKとAktの非活性化、つまり増殖を促進する経路であるRas-Raf-ERKと、生存を促進する経路であるPI3K-Aktの阻害により、がんを抑制しています。(Ciccone et al. 2015)
PP2Aは酸化ストレスにより酸化して非活性化します。(Nakahata and Morishita 2014, Shimura et al. 2015)
つまり活性酸素を増加させると、がん抑制遺伝子PP2Aのタンパク質が非活性化し、細胞増殖と細胞生存を促進する経路が活性化します。
受容体阻害タンパク質PP1Bの活性化
成長因子の受容体は、PTP1Bとよばれる阻害タンパク質により活性化が抑制されています。活性酸素によってPTP1Bが酸化して非活性化すると、この抑制作用が弱まります。(Chiarugi and Cirri 2003)
実際に酸化ストレスは、成長因子がなくとも成長因子の受容体を活性化することがわかりました。(Meves et al. 2001)
つまり活性酸素を増加させると、成長因子の受容体が活性化し (おそらくは受容体阻害タンパク質PTP1Bの酸化と非活性化により)、細胞増殖と細胞生存を促進する経路が活性化します。
細胞増殖の結末
がんの促進
以上の経路をまとめると、活性酸素はSrc、PTEN、PP2A, PTP1Bの少なくとも4つのタンパク質を酸化させることで細胞増殖の引き金を引くことができる、ということになります。
これに関する健康への影響としては、がんの促進が考えられます。
電磁波によるがん
そして実際、電磁波被曝により白血病や悪性リンパ腫、脳腫瘍、乳がん、精巣がんなど、多岐に渡るがんが増加すること確認されています。これらの研究については以下の記事の3ページ目からご覧いただけます。
がん (ページ 3)
電磁波被曝により、白血病 (特にリンパ性白血病)、悪性リンパ腫、乳がん、精巣がん、肺がん、膵臓がんなど、様々なタイプのがんが増加することが示されています。 近年、これらのがんは増加傾向にあり、電磁波は… 記事全文を読む
電磁波による細胞増殖
ここで、電磁波被曝により細胞増殖が起きたことを示す研究を紹介します。特に、がん細胞がよく増殖することが確認されています。
Martínez et al. 2012
乳幼児において多く発見されるがんである、神経芽腫のヒトがん細胞が、強さ100 μTで50 Hzの低周波電磁波を63時間、連続的または断続的に被曝しました。
すると断続被曝で細胞数が増加しました。つまり電磁波の断続被曝は、がん細胞の増殖を促しました。
一方、連続被曝では細胞数に変化がありませんでした。
さらに、電磁波はERK1/2の経路を活性化させて細胞増殖を促したこともわかりました。
細胞数の増加
細胞数が、電磁波の断続被曝で増加しました。
Velizarov et al. 1999
形質転換した、つまりがん化したヒト羊膜上皮細胞 (胎盤の細胞) が、携帯電話の電磁波を培地平均SAR 0.002 W/kgで30分間だけ被曝しました。
すると細胞数が増加しました。つまり携帯電話の電磁波は、がん化した細胞の増殖を促しました。
またこの実験では、35°Cと39°Cの2種類の細胞培養器を使用しましたが、温度変化による細胞増殖への影響はありませんでした。
従って電磁波による細胞増殖は、熱効果ではなく活性酸素に由来していると考えられます。
細胞数の増加
Tang and Zhao 1999
骨を作る細胞であるマウス骨芽細胞が、強さ1.15 mTで50Hzの低周波電磁波を20分間だけ被曝しました。
すると被曝から24時間後には細胞周期においてDNA合成期が増加し、36時間後には細胞数が幾分か増加しました。つまり電磁波は細胞増殖を促しました。
細胞数の増加は、初期の細胞数が9000、13500、18000の3つの培養皿で確認しています。
DNA合成期の増加
DNA合成期の割合が、電磁波被曝で7ポイント増加しました。
細胞数の増加
Zhong et al. 2012
骨芽細胞などへの分化能をもつマウス骨髄間質細胞が、強さ0.5 mTで50Hzの低周波電磁波を1日8時間、12日間被曝しました。
すると被曝期間中に細胞数が増加し、被曝7日目には増殖指数が増加しました。つまり電磁波は細胞増殖を促しました。
また、被曝期間中に骨芽細胞が増加しました。つまり電磁波は細胞分化も促しました。
細胞数の増加
細胞数が、電磁波被曝で5-6割増加しました。
増殖指数の増加
増殖指数が、電磁波被曝で9割増加しました。
骨芽細胞の増加
骨芽細胞の指標が、電磁波被曝で5-7割増加しました。
Phillips et al. 1986
ヒト大腸がん細胞が、強さ50μTで50Hzの低周波磁界、または強さ300mA/m2で50Hzの低周波電界、またはそれを組み合わせた低周波電磁波を24時間被曝しました。
すると被曝から2週間後には、がん細胞のコロニー形成が、特に磁界の成分に依存して増加しました。
コロニー形成の増加
がん細胞のコロニー形成が、電界で2倍、磁界で14倍、電界と磁界で24倍になりました。
実験の紹介は以上です。
実際に電磁波は細胞増殖を促すことを確認しました。